そして二人は伝説になる。
出会い系アプリで知り合い、デートしたスリムとクィーン。
帰りの車を警官に止められる。警官の言うことに全て応じていたスリムだが、警官の取調べはどんどんとエスカレートしていく。スリムを逮捕しようとする警官を止めようとクィーンが車の外に出ると警官に足を撃たれてしまう。
スリムはクィーンの様子を見ようと警官の拘束から逃れようともみ合っているうちに警官の銃を発砲してしまい、警官は死亡してしまう。
スリムはそのまま他の警官が来るのを待って事情を説明するつもりだったが、クィーンは捕まれば二度と外に出られなくなると、二人でその場から逃げ出す。
明らかに警官による人権を完全に無視した違法な取り調べであり、言われたことにスリムは応じていたし、何も悪いところも落ち度もなかった。
彼が警官に止められたのはウィンカーの出し忘れと蛇行運転だが、それについては非を認めた。飲酒運転を疑われたが、もとよりスリムはお酒を飲まない。
もしもこの映画を上映された2019年に見ていれば、「逃げなければよかったのに」と思ったと思うが、今となっては警官に車を止められた時点で、二人が殺されないで無事に切り抜けられるのかハラハラしながら成り行きを見守ることとなる。
二人の車を止めた警官は明らかに猜疑的で、二人に対して敵意を持っていた。
何の武器も携帯していない二人に対して銃を向けたり発砲した時点で、この警官を法的に問うことができないのなら、そんな恐ろしい社会はないだろう
でももっと恐ろしいのは、その警官の行為に異常なものを感じられない感性だ。
二人が白人であればほぼ確実に起こり得ないシチュエーション。
白人の、何の法も犯していない男女がウィンカーの出し忘れで警官に所持品検査をされ銃を突きつけられたといえばほぼほぼ大問題に発展するだろう。
もし発展しないならそれはもう法治国家として機能していないと言うことになってしまう。
警官を殺してしまったスリム。
警官を殺した黒人がどんな運命を辿るか知りつくしているクィーン。
クィーンから見ればスリムは世間知らずで危機感があまりにもない。
スリムはこういったシチュエーションに対する心構えは全くできておらず、自分がまさかこのようなことに巻き込まれるとは夢に思っていなかった。
能動的にトラブルを起こしているわけでも行動を起こしているわけでもないのでつくづくついてなかったとしか言いようのない事態の連続で。
でも彼のこの危機感の薄さこそが二人の逃避行を絶望的なものではなくむしろロマンチックなものに変換した大きな要素でもある。
絶望的な状況でどう転んでも悲劇的な結末しか待ち構えていないだろうこの二人がキューバに逃亡すべく車に南に下っていく道中、束の間ではあるものの二人は二人の時間を満喫する。
伝説になる二人だからか、そのひとときはどこが現実とは思えない美しさがある。
二人のことはずっと語り継がれる。
彼らは二人のことを忘れない。
彼らは諦めない。
なぜなら彼らはこれまでもずっと諦めずにきたから。
きっとこれからも諦めない。
いつかこんな悲しい伝説が生まれなくてすむ世界を作ることができると信じて。
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