So Be It

見た映画の感想。時にネタバレを含んでいますのでご注意ください。

存在のない子供たち (Capernaum)

hisaさんのレビューを読んでどうしても見たくなりました。

存在のない子供たち(字幕版)

存在のない子供たち(字幕版)

  • 発売日: 2020/04/08
  • メディア: Prime Video
 

  だってどなたかへのコメントの返信で「ラストは拷問されても言えません」って書かれていて、もうめちゃくちゃ気になるじゃないですか!

 

 で、映画の話です。

 思うところが多すぎてどう書けばいいのかわかんないので思ったことダダ漏らしていきます

 

  主人公である推定年齢12歳の少年ゼインがいきなり手錠をされていたことと、白人の判事の少年に対するリアクションでなんかもうものすい既視感を覚えてしまって、ああここでもか...と。ところ変われど、このパターンは変わらない。

 

 ゼインには大勢の兄弟がいて、すぐ下の妹が両親の手によってアパートの大家に”妻”として差し出されるのを阻止しようとして防げず、家を飛び出す。

 シーツについたシミを見ただけで何を意味するか知り尽くしていたゼイン。

 ということはゼインにとってはこれが初めての経験ではないのだろうなぁと。「今度こそ助ける」という思いがあったはず。

 

 ゼインの逞しさはストリートキッドならではというか、見ながらHBOドラマの「The Wire」やイギリスのドラマ「Top Boy」を思い出してしまった。あとオマール・シーの「サンバ」にイドリス・エルバの「ビースト・オブ・ノー・ネーション 」を思い出したり。

 

 ゼインはとても頭がよくて逞しく、かつ人を思いやれる優しい少年だ。

 あの最中にあってもギリギリの瞬間までヨナスを見放すことはしなかった。

 まだ赤ん坊のヨナスもよく頑張った。

 ヨナスはあの劣悪な状況下の中で死なないでいてくれたことだけでももうとても立派だし、彼の存在はギリギリのところでゼインがまだ諦めてしまわず生きようとあがく力となっていたはずだ。それくらいゼインは自分より弱い存在を守ろうとする。

 

 ついでにほめておきたいのは、あの過酷な扱われ方をしながらついに壊れることのなかったお鍋車。

 舗装されてない道路や砂利道をガタガタとヨナスとペットボトル2、3本載せてゼインが歩き回っても壊れることのなかったという脅威の強度。

 もしあれを作ったのがゼインだというなら、ゼインは本当にすごいスキル持ち。鏡の反射を利用してテレビをヨナスと見ていたことから考えても彼の頭の良さが窺える。

 濡れて滲んだ処方箋で咄嗟に薬をゲットし、海水で薄めてドラッグを売ることを思いついたのも、もうそのスキルフルさにただただ感心するばかりだ。

 

 不法入国者も子供もごちゃまぜに牢獄に押し込められていた。

 狭い空間に大勢が押し込められて人権も何もあったものではない。

 途中で慰安におとずれた団体がその留置所なのか刑務所なのかよくわからない施設で音楽を演奏しにやってくる。

 その構成員も注意深く観察してみれば全員白い肌でやっぱりかみたいな。

 ”アジア人は黒人よりも真面目で働き者”逸話がここでもまかり通っているようなのにもげんなりした。  

 あの大勢の人々は混ざりあっている中で誰がどの人種であるとかどこの国出身の人であるとかはさっぱりわからないけれどもこれまたBLMでお馴染みの「ライト・スキンカラー、ダーク・スキンカラー差別」が蔓延っているのはこの映画で見る限りあきらかそうだ。

 

 ゼインはとても可愛らしい少年なので性的搾取をされるのではないかとその点でもハラハラしてしまった。

 ゼインがドラッグを売るシーンでもうちょと年上のストリートの兄さんたちが映っていたので、一般の人やかたぎの人がゼインとヨナンの窮状を見て助けの手を差し伸べる可能性は低くとも、ストリートの兄さんたちの誰かが自分たちのグループの保護下においてくれるような可能性ならありそうだと思ったのだけれども、そうならなかった。

 まぁそうなってしまったら麻薬ディーラの道か傭兵にされてしまいそうなので、そうなると大人になるまで生き延びられる可能性がまた格段に減ってしまうか、被害者から加害者の身となって余計に苦しむことになる人生が待っていそうなので、ストリートの兄さんたちに目をつけられなくてよかったのか。

 ゼインほど頭のいい子なら有望株として目をつけられまくりなような気もする。(←アメリカのドラマや映画の見過ぎ?)

 

 ゼインの両親もあそこまで心砕かれる前にはここでなんとか生活を立て直そうという気持ちもきっとあったのだろう。

 身分証明書のない地獄は「サンバ」でも描かれていたし、心砕かれ具合はなんとなく「フェンス」のトロイや「きみの帰る場所/アントワン・フィッシャー 」の養父母を思い出したり。

 

 なんというか、人の営みの循環が破壊された後でどういうことが起こるかということをここでも見せつけられているわけで。

 貧困が原因として、その貧困が当人の力だけではどうしようもない悪循環にはまってしまっている。

 ゼインの両親を大いに責めたいところだが実のところ責めてもしょうがなく、その悪循環を成り立たせている要因とそもそもの原因もひっくるめて解決法を模索していかないとにっちもさっちもいかないのではないかとか思ったり。

  精神的なものも含めて回復するのには世代規模で考えていけないといけない。

 戦争、自然災害、開発...これだけの人たちの生活循環をたちゆかなくしている原因や要因はどこにあるのか。彼らの生活循環を破壊したことによって利益を享受した人々も必ずいるわけで。享受している側はそこから目を背けず、彼らの生活循環が回復していくためにはどうすればいいかをやはり意識して自分たちが得た利益を還元していく必要があるのだと思う。でなければ、ある日突然とんでもないしっぺ返しを受けることになるのだろう。

 テロが起こって直接的な関係のない人々が大量に亡くなって「なぜこんな酷いことを」と憤る前にその前段階で平和的な解決をみんなで模索していかないと。

 何も出来ずとも少しでも意識に止めて考えてみる。考えて自分がどちらサイドに着きたいのかを認識する。

 問題を解決するには両方の意見を聞いて理解するまでは中立の立場で立つことが基本なのだと思っていたけれども、人種差別、性差別においては中立は加担と同義であるということなんだということを最近学びつつある。ただ中立が加担と同義ではあるけれどもバランス感覚も失ってはいけないわけで。ここ一年で、その難しさをつくづく思い知らされているというか。

 でも以前なら差別問題とくると腫れ物に触るように避けていたところが自分にはあったけれども、少なくとも考えるようにはなった。それだけでも大きな進歩と自分をほめておこう。

 でないと、理解するのに難しすぎるのと、知らぬ間に自分の思考が偏ってきているのではないかという不安感から、また「腫れ物に触る」モードに戻ってしまいかねない。「複雑で時間がかかる問題」といってその問題の存在自体を意識下に沈めて忘れてしまおうとするのだけは自分に禁じないといけないとなぁと。

 

 ところで身分証明がないと言うのは本当に不便なもので、私は車の運転をしないので免許証を持っていない。この車の免許証がないと何か手続きをする時、自分を証明するのは結構手間隙のかかることだ。それが面倒くさくてやっておくべき手続きもついつい後回しになってしまうことがある。 

 別に何も咎められることはしていないのに、身分証明が必要となるとき、なぜだか後ろめたいような気持ちになってしまうということを考えればワーキングビザが切れた後の移民の人たちの心細さはもうとんでもないだろうなと。

 

 ラヒアがエチオピアの母親に今月は送金できないと電話で告げて涙をこぼすシーンも辛かった。

 家族の期待を裏切る辛さ。

 お母さんから送金できないことを責められてしまう辛さ。

 しかもお給料をきちんと払ってくれない職場があった様子だったのも辛かった。身分証明がないことから訴えられないという弱みにつけ込まれて労働力だけ搾取されているわけでプンスカぷんぷん。

 

 でも1番怒りを爆発させたいのは「児童婚」だー!!!!

 これはもう最低最悪!!!

 児童虐待と女性差別の合わせ技!!!

 冗談じゃないわっ💢💢💢

 ゼインが助けようとした妹さんも11歳で妊娠させられて命を落として。

 裁判でのその男の証言が「うちの婆さんも同じ年頃で子供を産んでいたし、熟していたし、まさかあんなことぐらいで死ぬと思わなかった」って💢💢💢

  💢💢💢 アホか!!!!!!!!💢💢💢

 💢💢💢そこのおっさん脳みそ入ってないんちゃうか!!!💢💢💢

 あのゲス野郎が登場した途端、お前殺されてなかったんかい!と心の底から悔しく思ってしまいましたよ。でも死んでたらゼインが刑務所から出られなくなっちゃうから、生きててくれてありがとよ、このくそゲスやろう。ほんっとに気持ち悪い。

 習慣だ伝統だといわれたとしてもここは到底許す気になれん。

 マスク着用ぐらいで政府に騙されてるとかってガタガタ騒ぐぐらいだったら、児童婚の非道ぶりにもっと腹を立てようぜっ!!

 

  この映画の舞台となっているベイルートといえば去年の大爆発の映像がショックだった。これでまた生活循環が破壊された人が大勢いるはずだ。

 去年ジョージ・フロイドさんが亡くなった時、Black Lives Matterで特に叫ばれたのが警官の過剰暴力だったけれども、"アメリカのBLMを応援します!"とレバノンのアクティヴィストの人たちがアメリカのBLMで抗議運動をする人たちに激励の声を送っていたことがすごく印象的で。

www.middleeasteye.net

 この大爆発の時はアメリカでBLMのデモに参加している人たちが彼らをサポートしなくてはと声をあげすぐに募金などを立ち上げていて、すぐに思い至れるその心意気とフットワークのよさにアクティヴィスト同士の繋がりと結束感を目の当たりにした気持ちで驚いたのだけれども。

  みんな普通に命の危険なく生活したいとそれを願ってまずはデモという平和的手段によって抗議運動を行なっているのだということを学んだのもその頃だ。

 平和的手段に訴えている段階でなんとかできればその後に起こるかもしれないバイオレンスによる解決法も避けることができるし、それによってさらに生じる憎しみや報復心からくる負の連鎖を防ぐこともできるのではないかと。長期的に考えれば抗議活動の発言に耳を傾け、話し合うことで解決方法を探るのはただ否定したり無視したりするよりも、みんなにとってすごく合理的だと思うのだけれども。

 

  って、去年BLMを知る前だったらこんな記事書いてるブログ読んだら間違いなくどん引くなぁ。何偏ったこと言ってるのコノヒトって感じで。😅

 

 

私の好み度: ⭐️⭐️⭐️⭐️/5

🍅: 90%

www.imdb.com