So Be It

見た映画の感想。時にネタバレを含んでいますのでご注意ください。

バッファロー大尉 (Sergeant Rutledge)

ついてたテレビでたまたま流れていて思い切り途中からの視聴だったんですが、とっても驚いたので感想アップしておきますー。 

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 何に驚いたって白人の女性が被害者な場合、事件にまきこまれた黒人の人たちにとってはホラーでしかないっていうそれをもうここでちゃんと描いてるんじゃんーとかって思って、つい足を止めて見てしまいました。

 

 見終わって調べたら1960年の映画で監督は「駅馬車」のジョン・フォード。

 

 この映画の中で事実上主人公だろうっていう存在感を放っていたのがラトレッジ軍曹というキャラクターで、ルーシーという白人女性を強姦殺人した罪で裁判にかけられるわけですが、このラトレッジ軍曹を演じているウディ・ストロードがもうめちゃくちゃカッコいい!!

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 映画の中でももうヒーロショット(?)みたいなのも出てくるし、どう考えてもこの人が主役でしょう?としか思えない感じなんですが。

 彼と第9連隊の仲間たちがすごくいいケミストリー出していて、先住民との戦いに疑問を持ちながらも、アメリカに対して自分たちのことを証明してみせなくてはいけないって仲間を鼓舞して。

 ちょっと身の上を聞けば皆奴隷の境遇から自由になってという痛みの持ち主なので、なんというかそのまま逃げてしまいたいという気持ちも当然あったりして。

 そういう葛藤を持ちつつ軍にとどまって命懸けで戦う感じなのが、ドラマとしても熱いって感じだったんですが。

 でも中でもこのウディ・ストロードという俳優さんの存在感がとんでもなくて。

 見終わって調べたらこの方もアスリートでした。

 アメフトの選手ということなんですが、αメール・オーラがすごかった。

 

 この頃は出演してもギャラが貰えなかったりクレジットされなかったりということが当たり前のようにあったらしくって。

 この映画でも主役扱いでなかったため、ウディ・ストロードに支払われたのは3番手扱いのギャラだったとか。

  でもこの映画が実質的にはハリウッド映画史上西部劇で初めて黒人の俳優がメインキャストに配役された映画だったそうです。(追記:きちんと主演としてクレジットされたのは1966年のシドニー・ポワティエが出演している「砦の29人」ということになるらしい)

 

 いやはや!

 

 裁判ものなんですがとっても面白く見られました。

「someday」っていうのがラトレッジ軍曹の口癖なんですが、いや本当に1960年にこの映画を作っておきながら、いまだに「Someday」が来てないってどうなんだ😓

 

“We been hunted a long time too much to worry, yes it was all right for Mr Lincoln to say we were free but that ain’t so, not yet. Maybe some day, but not yet.” - Sergeant Rutledge-

 

 

 NFL界のジャッキー・ロビンソンと言われる選手だったとか。

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ちょっとだけ抜粋

 

アメフトを引退後レスリングの選手として9年活躍。

スタンリー・キューブリック監督の「スパルタカス」でカーク・ダグラスと彼に拳を当てることも怪我をさせることもなく格闘シーンをこなすことができたのもそのおかげだとか。アメフト引退した時ボクサーになるつもりだったけれども、周囲の白人の友達に止められレスラーとなった。レスリングはいろんなことの応用がきくのでレスラーになって良かったと思うと。

ちなみにカーク・ダグラスは気さくでいい人だったそうだ。

ジョン・フォード監督は父親のような存在で映画の撮影のとき、4ヶ月半監督の家で暮らさせてもらったとか。ジョン・ウエインは兄弟のような存在で彼の子供から孫まで膝の上に抱っこしたことがあると。ちょうどジョン・フォードの家にいた時に、ジョン・ウエインが「アラモ」を撮影をしていて、ある時ジョン・フォードにジョン・ウェインから電話がかかってきて「わかった、やるよ」と返事をして電話を切った後、「くそっ。戦闘シーンを撮影してほしいだと。クレジットなしで」とぼやいていたとか。

ウディ・ストロードがジョン・フォードと知り合ったのはなんと彼の奥さんと監督のお子さんがハワイで一緒の学校に通っていたことが縁だそうで、ジョン・フォードの方から話しかけてきてその話をして、出演依頼をしてきたそうだ。ジョン・フォードは彼主演でこの映画を撮るつもりだったのにハリウッドがそれを受け入れず彼に主演としてのギャラを払うのを拒んだそうだ。

ジョン・フォードの家で4ヶ月暮らすことになったのはヨーロッパでジョン・フォードが酔っ払って階段から転げ落ちたらしく、「しばらく泊まり込みで世話を頼めるかな?」ということだったらしい。元々は一週間の予定が結局4ヶ月半ジョン・フォードの世話をすることになったとか。泊まり込んだ最初の日、ジョン・フォードが寝ながら苦しそうに呻いていたので、彼の寝室にいって苦しそうな時はいつでもマッサージしてあげられるようにその日からジョン・フォードの寝室の床で寝たそうだ。これがきっかけで一気に親密になったとか。

「Two Rode Together」の撮影準備をしていた頃、ウディ・ストロードのお母さんが亡くなって。埋葬の費用に1200ドル必要で、当時のウディ・ストロードはとても支払える額ではなかったのだけれども、その話をきいたジョン・フォードが全て費用を持ってくれたそうだ。その恩は一生忘れないとウディ・ストロード。自分が知る中ではジョン・フォードは一番のリベラリストで人道主義者だったそうです。

 

カウボーイ役でスタントを使わずにアクションをするよう望まれたので、アイダホの牧場で3、4週間実際にカウボーイの仕事をしながらさまざまなノウハウを教えてもらったとか。

スタントなしでカウボーイアクションをこなせるようになったおかげでイタリアからもきてほしいとスカウトされたとか。(ってマカロニウエスタンに誘われたってことですよね???なんだか「Once Upon A Time In Hollywood」を思い出しちゃいました。

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私の好み度:  ⭐️⭐️⭐️⭐️/5

🍅:89%

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