So Be It

見た映画やドラマでFilmarksにない作品の感想と覚書。時にネタバレを含んでいますのでご注意ください。

夜の大捜査線 (In the Heat of the Night )

”outrage”という感情を初めて味わったような気がする。

夜の大捜査線 [Blu-ray]

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  • 発売日: 2017/10/04
  • メディア: Blu-ray
 

 

 

 当時この映画をみたアメリカの白人の人たちはこの映画の中に出てくる白人の人たちのことをどう感じて見ていたんだろう。

 この映画の中に出てくる多くの白人の人たちの雰囲気が先日アメリカの国会議事堂に流れ込んだ45サポーターの目つき顔つきに似ていて、なんともいえない気持ち悪さを覚えた。

 かつて奴隷制度があったからというのは、当時から奴隷制度に反対していた白人の人たちも大勢いたことから考えればなんのエクスキューズにもならない。

  

 駅で電車を待っているシドニー・ポワチエがなんの言われもなく警官から銃を突きつけられ壁に手をつくよう命令され持ち物検査をされた上に逮捕される。

 

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このシーンだけでシドニー・ポワチエが殺されてしまうのではないかという恐怖感と、あまりの無礼な振る舞いにふつふつと憤りが込み上げてくる。

 

 いったいどういう了見でこの人たちはこの人にこんな失礼極まりない振る舞いをしているのか。

 時代だからということではもはや納得できない。

 もしも、今も続いているというのでなければ「当時はそういう時代だった」で少しは気持ちを納めることができたかもしれない。

 しかし、今も変わらずに続いているということが、自分でもビックリするぐらいの激しい憤りが胸に渦巻いた。

 多分、「outrage」とはこういうことをいうのだと思った。

 

 シドニー・ポワチエの一挙手一投足にいちいち腹立たしそうな眼差しを向けてくる白人の男たち。

 捕まればリンチされ木に吊るされ放置される。

 その恐怖感がどんどん高まってくる。

 もうとにかくこの街から早く出立して欲しいという思いでいっぱいになる。

 こんな連中のために命の危険を冒してまで手を貸してやる必要なんて微塵もないじゃないか。

 案の定、でっち上げや杜撰な捜査で見当違いな犯人を挙げたり、自分たちに都合がいいように現実を捻じ曲げようねじ曲げようとする行為だらけで。

 度重なる侮蔑的行為を受けたにもかかわらず、自分の感情を抑えて真相を解き明かしたシドニー・ポワチエが演じていたミスター・ティブスは本当によくそこまでもプロフェッショナルに徹することができたなと。

 電車でようやく街を去ることができることになった時、本当にせいせいしたし、ほっとした。

 無事に街を出ることができた。

 それだけでもう万々歳だ。

 

 結局のところ問題は差別をやめない白人の側にある。

 彼らがその原因をつきとめ、自分たちで解決しないことにはどうしようもない。

 彼らが黒人の人たちに対して差別的かつ侮蔑的態度をとるのは黒人の人たちが原因なのでは全くない。

 自分たちに原因がある。

 

私はあなたのにグロではない」でボードウィンが指摘していた通り「なぜ黒人が必要なのか?」と白人至上主義の人たちは自分たちに問いかけないとだめだ。

 至上主義とは他者がいないと成立し得ない。

 他者がいなくなったところで楽園など訪れない。

 その他者がいなくなった集団の中で役割が配分し直されるだけのことだろう。

 その時、リンチされ木に吊るされることになるのは誰なのか考えてみればいい。

 

  この映画は差別する人々やコミュニティの醜さと歪さをくっきりと浮き彫りにしてみせた。

 その意図があったなら大成功だ。

  この映画を見て自分の中にここまで”怒り”の感情が湧いてくるとは.....いやもう、我ながらびっくりですよ。

 シドニー・ポワチエのことがすでに大好きになっているので余計にそう感じたのかもしれませんが。

 いやでも、あの目つき顔つきの悍ましさは、常軌を脱しているとしか。

 ホラー映画とかでで何か悪霊とかに取り憑かれた人の顔そのものっていう感じで、その雰囲気を見事に再現することのできた俳優さんたちが凄すぎたという事で、そこは拍手を送るべきなのかもしれませんが。

 

軽く検索をかけると50周年の時の監督のインタビューが引っ掛かりました。

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 この映画では映画史上初オシャレにきめた黒人キャラクターが登場し、映画史上初めて黒人キャラクターが白キャラクターを引っ叩くシーンが登場した映画だそうだ。

 

 時代はキング牧師が存命で公民権運動が活発化し、あのセルマの行進があったりしたような頃。

 監督はカナダ出身。小説を映画化したいということでシナリオが送られてきたらしい。

 引き受けたものの監督はアメリカのストリートの緊張感をまだ正確には実感しきっていなかったという。

 シドニー・ポワチエとあって話し、シドニー・ポワチエもバハマ出身ということでお互いアメリカの外からハリウッドに来た人間というところで話が弾んだらしい。  

 シドニー・ポワチエは撮影をどこでするかということを心配していて、メイソン=ディクソン線での撮影なら断ると言っていたので北部の方で撮影すると監督は約束していた。

 ところが綿花プランテーションが北部に見つからず、二日間だけ南部で撮影したいとシドニー・ポワチエに頼み込む。

 「君は絶対に外に出る必要はないし、君を1人にしないし、絶対に守るから」と説得。

 作品の重要性をシドニー・ポワチエも理解していて、首を縦に降ってくれたという。

 シドニー・ポワチエが南部に行くことを極度に嫌がっていたのはその頃KKKの標的にされていて、ジョージア州で実際に車で追いかけ回されたことがあったせいだ。

 シドニー・ポワチエが同意してくれたおかげで南部で撮影することになったものの黒人と白人が一緒に泊まれるホテルが一箇所しか見つけられなかったとか。

 あとは白人専用ホテルばかりだったらしい。

 これはそんな時代に作られた映画。

 

 この監督がデンゼル先生の「ソルジャー・ストーリー」と「ザ・ハリケーン」の監督だったとは全然気がついていませんでした。(ついでに「オンリー・ユー」の監督だってことも....監督、振り幅がすげーよ)

 

 「ソルジャー・ストーリー」のときはデンゼル先生はまだ舞台から映画業界に移行してきたばかりで、映画に関してほとんど興味がなかった様子だったとか。それでも監督はシドニー・ポワチエのコアを受け継いでいる俳優と感じたそうだ。

 

 ノーマン・ジュイソン監督のこともデンゼル先生とても信頼しているみたいで、何度でも一緒に仕事がしたい監督の1人とインタビューで話している。(って、ふと思ったんですがポワチエ大先生と一緒に仕事した監督と仕事できるって決まってデンゼル先生が大喜びしなかったはずないじゃないですかー!ってことに気がついた😂本当はいろいろ聴きたいのを必死で我慢していたとかでそっけない感じに見えたのかな😂まぁ役になりきっちゃってる時だったらそういう余分なことは考えないか....な?)

 

シドニー・ポワチエの覚悟の強さがわかるインタビュー。

 差別に心折れることなくいられたのは、フロリダに移ってくる前、学校教育を受ける前にご両親から「自分は何者かである」としっかり教え込まれていたおかげと話すポワチエ氏。(めちゃくちゃかっこいいことを言ってらっしゃるんですが、うまく日本語にできませーん💧)

 

 

しかしこの映画、ホラー度合いでは「イージー・ライダー」に匹敵する気が...。

あれよりは全然ストーリーがわかりやすかったし見易くはあったけれども.....。

白人至上主義の実態を赤裸々に描き出しつつ、しっかりエンタメ風味っていう。

署長が自分の中にあったこれまでの固定観念を少しづつではあるものの拭い去り、人と人として向き合える瞬間があったということは、この人は格別に悪い人間とか倫理観がとち狂っているとかではないわけで、レイシストである原因は単に子供の頃から空気の如く存在し刷り込まれていったもので特に疑問を持つこともなかったということなのかもしれない。

でも結局はそれが一番怖いことなのではないだろうか。

その”異常さ恐ろしさ醜さに気がつけない。

自分がレイシストであることに気づきもしない。

 

私の好み度: ⭐️⭐️⭐️⭐️/5

🍅: 95%

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