So Be It

見た映画の感想。時にネタバレを含んでいますのでご注意ください。

マ・レイニーのブラックボトム (Ma Rainey's Black Bottom )

オーガスト・ウィルソンの戯曲の映像化第二弾。

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 ロケーションはほとんどがスタジオのリハーサル・ルームとレコーディング・ルームの中ということで可能な限り”舞台”の雰囲気に寄せた作りにした作品。

 要はマー・レイニーがスタジオにやってきてレコードを録音終えるまでの話。

 

 映画を見ているんだけれども劇場で舞台を見ていたような気分になる作品だった。

 マ・レイニーが主人公なのかと思ったけれども、これはレヴィーというバンドの中で一番若いトランペッターの物語。

 

 1927年のシカゴ。マ・レイニーの持ち歌「ブラックボトム」について、レヴィーはこれまでバンドがやってきたアレンジは古めかしいと新しいアレンジを提案するけれど、マ・レイニーに気にいってもらえない。しかし、スタジオから曲を書いてほしいと言われたことでレヴィーは自分のバンドを持てると思い込み態度をどんどんと増長させていく。

 

「目指す音楽が違う」とバンドが分裂するのはよくある話だと思う。

 レヴィーの身の上話は「マッドバウンド 悲しき友情」を見たあとだったので想像しやすかった。

 レヴィーのお父さんが土地を買って自分の土地を手に入れたのに自分の留守中に白人の集団が家に押しかけてきて妻に暴力を振るったという話やその後でレヴィーのお父さんがとった行動やその末路もいわゆる”よく聞く”話の1つでレヴィーが特別にひどい目にあったということではなく当時そういう案件がもう当たり前のように起こっていたのだと思う。

 その中でレヴィーは幸運にも音楽の才能に恵まれ境遇に押し潰されてしまうことなくトランペット奏者として身を立ててマ・レイニーのバックバンドとして雇われたのだから、そこまで来るまでにもいろんな悲しみや憤りを飲み込んでレヴィーは必死で戦ってきたのだと思う。

 それは他のバンドマンたちもマ・レイニーも同じことだ。

 矜持を守ろうと戦いながら、白人優位の社会で何度も何度も屈辱を受け煮湯を飲まされてきただろうし、命の危険を感じたこともあっただろう。

 白人専用の文字が街中におどり、当たり前のように見下される。

 そのことに対して「平気」でいられる人間などいないだろう。

 なぜ拒絶されるのか。

 自分と彼らで何が違うのか。

 自分たちの何かが劣っているから、自分たちに何か欠陥があるから同等に扱ってもらえないのだろうか。

 自分が白人であればこういう思いをしなくて済んだのか?

 なぜ自分は白人に生まれなかったのか?

 環境から否定され次第に自分自身を憎むようになっていく。

 自分自身を嫌い、そして黒人であることを呪わしく思い、黒人に対して憎しみを覚えるようになる。

 そのせいで黒人が黒人に殺される事態が多発する。

 この悪循環を止めるためにまず黒人である自分を愛することから始めなければならない。

 白人の価値観に当てはまらないからといって自分を責めることはない。

  それが1960年頃から南アフリカより広まった「Black Consciousness Movement」だ。

 ”黒人が黒人を憎む”ということがなぜ起こるのか。

 その構造を飲み込めればレヴィーの物語の結末を少し理解しやすい。

  

 レヴィーの中にある”怒り”。

 それが思わぬ形で暴発する。

 これも今現実にアメリカの多くの黒人の人たちが直面している問題で、不意に気持ちのコントロールがきかなくなる。

 

(その辺りのことは9月に書いたトム・エリスとD.B.ウッドマンの話を聞いてもらった方がわかりやすいかもしれない) 

miyelo.hatenablog.jp

 

 

 専門家でもなければ専門書を読んだわけでもないので、あくまでもドラマやドキュメンタリー、インタビューなどからの聞き齧りでしかないけれど。「How to get away with murder」でもこの辺りのメンタルについてフューチャーされていた。

 その怒りは自分が体験したことからだけではなく祖先や歴史的なものから引き継ぐこともあるという説もある。

 もちろん、どう影響を受けるかというのは個人差があるだろうが。

 ”怒り”や"不安”、”恐怖”をアメリカに住む、おそらくはほとんどの黒人の人たちが感じている。

 これらのストレスに負けてしまい、支配されてしまうとレヴィのような悲しい結末にしか行きつかない。

 だからこそ”赦す”という考え方が出てくるのだろう。

 赦して忘れて幸せになる。

 それが最大の復讐であると。

 そう簡単に忘れられるものではない。

 むしろ忘れるのは不可能だ。

 おそらく”赦す”というのは自分に必死に言い聞かせる呪文のようなものではないかと思う。

 だから、もう相手は忘れたのだとたかを括って理不尽なことを仕掛ければ、相手が必死で押さえ込んでいる爆弾のスイッチを押してしまう事になる。 

 

 レヴィーも間違いなくそれだ。

 どうすればあんな悲しい道を辿らなくて済んだのか。

 レヴィーの中に自分を感じた人はきっとそれを考えるだろう。

 自分の中で漠然としていたものがレヴィーを見ることではっきりと認識できるようになったかもしれない。

 

 レヴィーの怒りは白人に対してのものだが、矛先は周囲や神に向けられる。白人に対しては怒りや憎しみよりも恐怖が上回っているというのかもしれない。直接白人にぶつけるのが恐ろしいからこそ身近に矛先が向いてしまう。

 差別の背景にピンとこなくともレヴィーの古い世代への反発感は誰にでもなじみがあるのではないだろうか。”自分の方がうまくやれる”、”自分の方がものを知っている”と思って後になってきまりの悪い思いをしたなんて経験も十中八九誰にでもあるはずだ。

 周りをかえられないのであれば自分が変わるしかない。

 レヴィーの場合、少し落ち着いてもっと周りを見ればよかったのかもしれない。

 マ・レイニーがここまで上り詰めるためにしてきた苦労などを考えて、もう少し謙虚になることができていたならば...

 レヴィーも自分の手の内を全部見せるようなことをしなければよかったのにと思うが、ああやって先に防御線を張らずにはいられない恐怖心や憎しみが子供の頃の事件以降彼の心の中心に巣食っていたのだろう。

 

 鍵のかかった扉を何度も何度も開けようとするレヴィーも印象的だった。

 レヴィーはあの扉を開ければ自由になれるどこかに行けると信じていたのか、それとも扉を開ければいつでも逃げ出せると信じていたのか。

 必死の思いで扉を開けた先にあったのは...。

 

   ものすごいメタファーだ。

   まさにこれだとしか言いようがない。

 

 舞台と唯一違うのは一番ラストのシーンということだ。

 白人のバンドマンたちがスタジオで演奏しレコーディングしている光景。

 あそこは付け加えたという。

 レヴィーもまた搾取されたのだということを表すために(大勢の黒人のアーティストが生み出した作品がなんの見返りもクレジットも与えられることなく白人のものにされていったという例は枚挙にいとまがない)。

 

 ”レヴィー”はオーガスト・ウィルソンの創作したキャラクターだが、モデルとなったのはデルタ・ブルースの先駆者チャーリー・パットンではないかとも言われている。

 楽曲を提供しながらクレジットや相応の報酬を与えられなかったりということは1920年代の多くの黒人のミュージシャンが被ったことと、ネトフリで配信されているメイキングでも説明があった。

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 1950年代〜60年代、クインシー・ジョーンズがフランク・シナトラと組んで活躍していた時ですら黒人アーティストは白人専用ホテルに泊まることはできずー、ツアーの時に廃屋や死体安置所で寝るはめになったと話していたことから考えれば、その浮いた費用を利益としていた誰かが存在したということになるし。

 なんともかんとも。

 

 レヴィーを演じたのがチャドウィック・ボーズマン。 レヴィーは32歳。

 2019年にこれを撮影したとすればチャドウィック・ボーズマンは43歳。

 もしかしたらレヴィー役には少し年齢が上すぎたのかもしれないけれども、レヴィーの中の大人になりきれてにない"少年っぽさ"が残る感じを十分に感じさせてくれたと思う。

 レヴィーの笑顔の裏にある深く傷つきどうしようもない怒りと憎しみに自らも飲まれてしまいそうな不安定さ。

 全身全霊をかけて演じているというのが画面からでもビシバシと伝わってきた。

Leevie: Cutler's God! I'm Calling Cutler's God! Come on and save him like you did my mama. Save him like you did my mama! I heard her when she call you. I heard her when she said,"Lord, have mercy. Jesus,help me. Please, God, have mercy on me, Lord. Jesus, help me. Did you turn your back?

 このセリフはチャド兄自身自分の病気を知った後で神様に何度も何度も言いたかったことじゃないかって感じた。

 演じるのは精神的に本当にキツイ役柄だったと思うけれども、鬼気迫る迫力だったと思う。

 

 本当にお疲れさまでした。

 最後の最後までその才能から生み出される感動を私たちに見せてくれて本当にありがとう。

 忘れないし、チャド兄の想いはみんなで繋いでいくよ。

 

 追記:

2013年にチャド兄がオーガスト・ウィルソンに関するエッセイを寄稿していたと知った。元々戯曲をかいて演出するというのがチャド兄の本分だったようだ。俳優はその勉強のためにはじめたことだったのかな?

www.latimes.com

 

  作品を描き終えて亡くなったオーガスト・ウィルソンについてチャド兄はこんなことを言っている。

What can be said about an artist who makes it his life’s work to complete a project and then passes when that work is done? 

  自分の病気のことを知ったとき、チャド兄は当然オーガスト・ウィルソンのことを思っただろうなと。癌と闘いながら仕事を続けていく上でずっと心の支えにしていたんじゃないかと思う。

 

 最後にデンゼル先生のチャド兄への言葉。

He's a man among men doing what he loves. And obviously, in retorspect.

I'm so happy that he took the opportunity to be a part of Ma Rainey. I miss him. And I love him. And...on film, we'll always have him. 

- Denzel Washington 

 やっぱりチャド兄のことをまだ過去形では語れないデンゼル先生。

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 俳優として一度ぐらい共演してみたかったんじゃないかな。

 でもこの映画で2人の道が重なって、共演ではないけれど一緒に作品を作る機会が持てて本当によかった。

 チャド兄もデンゼル先生とオーガスト・ウィルソンについて語る機会があってすごくすごく嬉しかったと思う。うん。絶対いっぱい熱く語り合ったと思うんだ。

 だってチャド兄が最初に出会ったオーガスト・ウィルソンの作品が「フェンス」で、まだチャド兄が演技のことなんか思いもしていなかった子供の頃にお兄ちゃんの練習に付き合って初めて知って、トロイのことが大好きになったっていうし。

 デンゼル先生はトロイのことを完全に理解するためにものすごく丁寧に時間をかけて、”トロイ”が代表する世代に対する尊敬と愛情の気持ちをたっぷり込めてあの映画を作ったわけだし。その2人がオーガスト・ウィルソンの話で盛り上がらないはずがない。

 

イギリスで芝居を勉強する学費を援助してくれたのがデンゼル先生でそのお礼を奇跡的に当人に直接言えたという話。チャド兄のデンゼル先生のモノマネが絶品!

 

デンゼル先生がいなければブラックパンサーはなかったと語るチャド兄。

 

 私の好み度: ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️/5

🍅:99%

www.imdb.com