「Stranger Things」と「Black Lives Matter」のほどよいハイブリッド。
1930年代から1990年代にかけてのNYのイメージを摂取しまくっているところなので現在のブロンクスがどんな感じなのか正確なところはわからない。
インスタなどを通して受ける印象だとコミュニティの絆は相変わらずのように思えなくもないけれど。
戦後の”昭和”な日本と現在の日本を比べてみたとして、”昭和”な日本の主な利点というか、いいところとして語られることが多いのが”人と人の繋がり”ということを考えれば、やはりブロンクスやクィーンズでもコミュニティ離れのようなものは起こっているのかもしれない。
日本でも地域コミュニティの役割の見直しみたいなのが積極的に行われているように、この映画ももしかしたらそういった意図もあったのかもしれない。
それとも、今現在、ジェントリフィケーションの波がブロンクスにひしひしと押し寄せているということなのか。
ヴァンパイアがネストの地としてブルックリンを選んだ理由が「人が消えても誰も気にかけない」というのがまずシュールだ。
最初に現れた親切そうな白人お姉さんというところでデイブ・シャペルの「白人女性最強伝説」のトークを思い出して。
映画の中でも「トートバックを持つ白人女性が街に現れ出したら危険のサイン」とセリフにちらっと出てくるのだけれど、彼女たちが「おしゃれ!」と好んでやってくるようになると地価があがり、目をつけた不動産屋がやってくる。
お金で立ち退き交渉が成立しなかったら、地元のギャングさんと話をつけて、評判貶め作戦や犯罪にまきこまれちゃったらしいぜ作戦にでる。
ヴァンパイアにしても違和感なく綺麗に置き換えられるところがすごいな!と。
3人の男の子たちの冒険譚として描かれているのだけれど、「危険を訴えてもなかなか信じてもらえない」というところがまたアメリカにすむ黒人のひとたちの訴えがなかなか信じてもらえなという構図をうまく表して、うまいなぁと。
主人公の男の子たちのおかれた境遇というのがほんとうにうまく現実を反映していて、彼らのコミュニティの中で起こっていることがすごくわかりやすかったという印象。
こういったコミュニティを知らずに育つ世代も増えているだろうから、リマインダーとしてもいいんじゃないかなとか。
親子で安心してみられる。
「そういえばお前のおじいちゃんが若いころには...」なんて子供にアメリカで生きる黒人の人たち歩んできた道のりを話してきかせるいいきっかけになるのではないかなとか。
日本でも戦争を実際に経験している人たちの高齢化にともなって話をきちんときいて後世につないでいかないとというような動きがあると思うのだけれど、この映画の意図もそういう感じなのかもしれない。
つい最近までは戦争も人種差別も歴史の教科書で知る過去の出来事となんの根拠もなく思い込んでいたところがあるけれど、やっぱり思い込みでしかなくて。
なにをどこで間違えたのか。
なぜ止めることができなかったのか。
そういったことを考えるよにしておかないと、だめなんだなと思うようになった。 映画やドラマやドキュメンタリーをみて「今も昔も人の考えることってかわらないんだなぁ」っという発見があるたびに怖くなる。
例えば日本が第二次世界大戦に突入していったとき、そうなるまでに多くの人たちが「おかしい」、「間違っている」と感じていたというような話をきくたんびに「そういう人たちはどんな思いで戦争に突入していく時代を眺めていたんだろう」とかという感じで気が滅入ってくる。
「うちてしやまーん」とそれが正しいことと心から信じて時代に適応できていた人はまだいい。
「なぜこうなってしまったのか」という鬱屈を抱えながら、加えて「こうなることはわかっていたのに止められなかった」という思いがずっともやもやとあった人たちもいっぱいいたはずで。
「それが合法であるうちにいっぱい学んでおけ」なんてmemeも、最初みたときはピンとこなくて、でもだんだんと意味がわかってきて、シュールだけれど、本当にそうだなぁと。
なんというか、そういったことを重たく考えることなく見ることができちゃうのがこの映画のいいところかなと。
男の子たちを応援しながら笑ってホロっとちょっとしつつ、また笑って。
「こういう時はこうありたいな」像っていうのを映画やドラマから学んでいるようなところって、結構あると思うので、彼らの”冒険譚”が作られるのはすごく大事だよなって。
スヌープ・ドックがドキュメンタリーの中で「子供の時憧れるようなヒーローが麻薬ディーラーやポン引きしかいなかった。麻薬ディーラーは怖そうで皆に恐れられているけれど、ポン引きは皆に好かれているように見えたから、ポン引きになろうと思った」という話をしていたのを思い出してみたり。
私の好み度: ⭐️⭐️⭐️/5
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