So Be It

映画の観方と楽しみ方を勉強中。ネタバレを含んでいますのでご注意ください

マーシャル・ロウ ( The Siege )

やっぱり世界中の人間がデンゼル・ワシントンになればいい。

マーシャル・ロー (字幕版)

マーシャル・ロー (字幕版)

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 

 

 全人類がデンゼル・ワシントンだったらいいのにと思わずにはいられなかったのは「アンストッパブル (Unstoppable)」を観た時のことだけれども、この映画を見ていて、そう思っているのはひょっとして私だけじゃないんじゃないか???と勘ぐってしまった。

 

 今回のデンゼル・ワシントンはFBI特別捜査官で捜査の指揮をとる課長?部長?班長?とにかく捜査において責任を伴う決断をするポジションの人だ。

 

 デンゼル・ワシントン、もといハブはなかなかアグレッシブな捜査をするが必ず法的手続きを重要視する。時に同時進行になることもあるが必ず令状をとるし、どんな相手であっても法のもとに平等であるという信念をとんでもなく追い詰められた状況でも絶対に崩さない。

 「法のもとに平等である」という信念を貫くことがどれほど困難で試されることなのかがよくわかる、というか恐ろしくわかりやすく描かれていた映画だった。

 小学校や中学校などで「法のもとに平等」のコンセプトをざっくり教えたい時につかう教材としてつくったんじゃなかろうかというぐらい、はっきりとグイグイ押し出してくる。

 段階をおいてシチュエーションは厳しいものになっていき、「法のもとに平等」とはどういうことか、それこそシークエンスごとにくぎって授業でディスカッションするといいんじゃないかと思えるようなつくりだ。

  不安や恐怖の中でどれほど「法のもとに平等」という概念が揺らぎ、その正当性にすら不信感を抱いてしまうような状況も示される。

  映画を見ていて、もしもハブの判断力や行動にもどかしさを感じるようなことがあれば、それはまさに試されている瞬間のシュミレーションとなる。

 案外、今見るのに最適な映画なのかもしれない。

 あからさまに間違っていることや悪いことを見抜くのは簡単だ。

 しかし、状況下によっては正しくみえたり、あながち間違っているともいいきれない微妙な線。

 一理あると感じる、一理も二理もあり、そのことの正解がわかるのはずっと先になってからというようなシチュエーションにおかれたとき、それでも「法のもとに平等」という信念を貫けるか。

 この映画のデンゼル・ワシントンは貫ける人の象徴だ。

 全人類がデンゼル・ワシントンならこの世の中はもっと住みよい世界になるかもしれないのにとついつい夢見てしまうような、そんな映画だ。

  でもそういう理想を胸に持つのは悪いことではないだろう。

  

 ニューヨークでタリバン絡みと思われる爆破テロが頻発し、戒厳令がでてアラブ系の住人が多いブルックリンが封鎖され、次々と逮捕され、人権を無視した扱いを受ける。

  ハブの部下で友人のフランクはアラブ系であるがために、息子が不当逮捕されてしまい「10年間FBIとしてこの身を捧げてきたのにこのザマだ!俺たちは奴隷じゃない!」とFBIのバッチをハブに投げつけるシーンがある。

 このシーンはかなり複雑な気分にさせられる。複雑というか既視感というか。

  というのもハブはアフリカン・アメリカンだ。

 アフリカン・アメリカンの人々はアメリカの中でずっと人種差別に苦しめられ、その状況を改善しようと昔からもがき苦しんできた人たちだ。

 アフリカン・アメリカンの人たちが令状なしに路面に叩きつけられ、拘束されるそれがそのままアラブ系の人たちに対して起こっている。

  アラブ系の人たちだけではなく、同じアメリカ人で同じくアメリカのために命をかける仕事をしているもの同士であるにもかかわらず、ハブとハブの部下達がテロリストを捕まえようと乗り込んだ建物にアメリカ軍が平気で空爆をしかけてくるなんてことも起こる。

 なんというかカオスもカオスすぎて。

  やがて戒厳令で軍隊をニューヨークに出動させることになるのだが、具体的な目標がはっきりしないのに軍隊を出動させることになんの意味があるのかよくわからなかった。

  軍隊が出動したおかげでテロリストよりも一般市民の人たちの方がはるかに大勢傷つき被害を被っている。

  デンゼル・ワシントンじゃない人が指揮をとるからこうなるんだという作りにこの映画ではなっていたので、私としてはやっぱりみんな“全人類がデンゼル・ワシントンだったらいい”と思ってるんだなと思ってしまったのだが。

 
 それにしても、これを見ている間、私はてっきり9.11後の話だと思い込んでいた。

 しかし、途中でこれが2000年に設定されてると知って面食らう。

  9.11の前からすでにこういう状態だったのかと。

  警告を放ったもののすでに遅かったというか。 これからくる事態に備えでもしたかのような。

 アメリカという国の中で人種間の緊張がとんでもなく高まっていたんだなぁとあらためて驚愕しつつ実感する。

 こう書きながら検索してみたのだが、1990年代ってアメリカ国内でいろんな事件がおこっている。

 1993年 1月CIA本部銃撃事件

 1993年 2月世界貿易センタービル爆破事件

 1995年 オクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件

 1996年 アトランタ五輪公園爆弾テロ時事件

 こういった事件が起こるたびに捜査の過程で白人ではない人々がとばっちりを受けるようなことが頻発したのだろう。

 1991年にロサンゼルス暴動が起こっていることを考えれば、人種差別による緊張感はずっと存在しているわけで。

 もはやアフリカン・アメリカンだけの問題ではなくなった...というか、もともと彼らだけの問題ではなかったはずだ。

 「法のもとに人は平等である」ことをうたいつつも現実はそれとは程遠いもので、人種、宗教、所得、病気などいろんな理由によって偏見は生まれ、容易に「法のもとに人は平等」ではなくなってしまう。

 殺されたり飢えたりすることなく日常生活を送りたいというのがお互い共通する願いだとすれば、目の前に山積みとなったゴタゴタをどうクリアすればそこにたどり着けるのか、なんだかあまりの途方もなさに頭が真っ白になってしまう。

 そんな時に夜な夜な若者たちがストリート・レースに興じていた。 そこでは人種もなにも関係なく、みんな、車が好きだというそれだけで独特の信頼関係を築き上げていた。 その事実は、今から思う以上に衝撃の事実だったのかもしれないと。

 え?

 なんの話をしているのかって?

 もちろん「ワイルド・スピード」ですよ。

 デンゼル・ワシントン出演作品攻略一環で見始めたこの「マーシャル・ロー」。

 なんの前知識もなく見始めて、まず思ったのが登場人物がめっちゃマルチ・エスニック。

 見終わってからこの映画がアメリカでは1998年に公開されていたと知り、1998年といえば「ワイルド・スピード」が生まれるきっかけとなった「Racer X」の記事が掲載された年だから、なんというか、思っていた以上に人種関係なくストリート・レースに興じているシチュエーションというのはインパクトがあったのかもしれないとか。何かヒントがあるような感じがしたというか、いがみ合うことなく付き合えるんだという理想をみたのかもしれないとか。

 ここで 「『ワイルド・スピード』シリーズと『マルチ・エスニック』」の記事を書いたみて、ようやく1作目の時から「ワイルド・スピード」がマルチ・エスニックを打ち出そうとしていたということはわかったものの、なぜ「そうしなければいけない」という緊急性というか、必要性を感じたのかというところが、ちょっぴり不思議だったりもした。

 もちろん大事なことだということはわかっていたけれども、なんというか本当に差し迫った危機感みたいなものがあったんだなぁと。

 それはテロとかそういうことではなくて、無意味に警戒しあったり根拠のないことで憎み合ったりすることを繰り返していくうちに取り返しのつかない悲劇の引き金になってしまう危機感みたいなもの。

 そうじゃない道を必死で探ろうとしていた時期だったのかもしれない...なんて。

 

 ポー兄が「ワイルド・スピード」を引き受けた時のことを2001年の6月のインタビューで語っていたことを覚書として。

 

Paul Walker : But I just like to think I'm one of the boys when I go out there, you know? It's a cool crowd, man, it's really ethnically diverse. There aren't many white guys who run it. You gotta go check it out. It's really blowin' up.

 I mean I was excited, I mean it just made sense. I was working on The Skulls and Neal Moritz, the producer asked me 'What do you want to do next?' And I said 'Yeah, I'd like to play a cop.' And he knew I was into cars, so before he even had a script Neal and Universal approached me and they said 'How do you feel about doing this movie? This is the backdrop: it's about modern day drag racing.' And I'm like 'I know that!' 'Cause in high school I'd go check it out and everything. I wasn't racing at that time, but I would go hang out on the scene, cops would swoop in, break it up, I knew all about it.

 And they started explainin' it to me and I'm like 'Look, I get it, I know what's goin' on. What else?' And they were like 'Well, you know, it's kinda got like a Donnie Brasco twist to it, to where you get involved in this world and la-di-da...and we don't have a script yet, but we'd like you to attach yourself to it.'

 And my representative was like 'You can't do that!' And I was like 'I'm gonna do it.' I'd worked with Rob, so I knew what was up. I'd worked with Neal, I'd worked with Scott Stuber, who's the Executive Producer on this and the formula just made sense to me.

 

※これを書いている頃はまだBlackLivesMatterムーブメントは起こってなかったんですよ...😓やっぱり全人類がデンゼル・ワシントンに...以下同文

 

 私の好み度: ⭐️⭐️⭐️⭐️/5

🍅: 44%

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