So Be It

映画の観方と楽しみ方を勉強中。ネタバレを含んでいますのでご注意ください

「ワイルド・スピード」シリーズと「マルチ・エスニック」を考える - 其の九

 テレビをつけたらたまたまNHKの「映像の世紀」をやっていた。

 芸術とは何かということでトルストイの言葉が出てきたんだけど、「なるほどなー」って思って。ネットで検索したらすぐに出てきたので、覚書として。

 "芸術とは、一人の人が意識的に何か外に見えるしるしを使って、自分の味わった気持ちを他の人に伝えて、他の人がその気持ちに感染して、それを感じるようになるという人間の働きだ。 芸術によって、同じ時代の人たちの味わった気持ちも、数千年前に他の人たちが通ってきた気持ちも、伝わるようになる。 芸術は、今生きている私たちに、あらゆる人の気持ちを味わえるようにする。そこに芸術の務めがある。"

   これまで”芸術”って何かさっぱりわからなかったけれど、この説明はなんだか腑に落ちた感じ。 文字を持たない民族は口頭伝承や歌にして自分たちの知識を後世に伝えていく感じで芸術もその線上にあるってことなのかな。よくわかんないけれど当分はこう理解しておこう。

  

 まぁ、それはさておき、「ワイルド・スピード」の話に戻ろう。

 

・3作目と4作目を本当にやりたかったのは誰なのか?

 前回、3作目を作る時にすでに2本つくるつもりだったのではないかということと、ヴィン兄を戻すためにいろんな人が説得に動いたのではないかという可能性、それからジャスティン・リンを獲得するためにかなり計略的に動いたのではないかというトンデモ説を考えた。

 3作目をつくる時に既に4作目をつくるつもりでいたのであれば、3作目の企画が動き出した時、既にヴィン・ディーゼルが戻ることを決めていた可能性が高い。

 もちろん3作目と4作目の制作費が一緒なのは単なる偶然とも言える。 まぁ、偶然だろう。

 しかし、3作目を前・後編にしますと企画を通しておけば、4作目の企画を通す手間暇がはぶけるよなぁなんて。

 例えば、ジャスティンと他の誰かをくませようとしていたなんてことはないんだろうか。 ヴィン兄の代わりに旗印になりそうな人。

 ここで簡単に思いつくのはドゥエイン・ジョンソンなんだけど。

 ドゥエイン・ジョンソンもヴィン兄とおなじくマルチ・エスニックを象徴するような俳優さんだ。

 もしかしたら、ヴィン兄をあきらめて彼を獲得する方向でうごいていたかもなんて気もしてみたり。 (どうでもいいけど、陰謀論っていくらでも考えられるなぁ。 根も葉もないところにもっともらしい筋道つけて...。 まぁ、フィクション自体がそうやってつくっていくわけだから、いくらでも思いつけるか)

  それからジャスティン・リン獲得作戦。

 これについてはいくらなんでもなぁという思いしかない。

 ないけれど、スコットさんの存在がなぁ。

  脚本を送ってきてこれを撮りたくないかと訊かれたとジャスティンがインタビューで話しているのでクリス・モーガンの書いた脚本をジャスティンに送ったという点は確かだと思う。クリス・モーガンの脚本がとんでもなかったということも。

 インタビューで車が芸者や仏陀の像の周りをドリフトするシーンがあって「なんじゃこりゃ」と思ったとジャスティンは語っている。他の人はなんとも感じないかもしれないけれど、僕個人的にはちょっと侮辱されたような気がして。でも、結局スタジオ側も理解してくれて、そこから作り直すことができたから...って、その体験がジャスティンにとっては大きかったとも話しているなぁ...。

 この体験があったからこそ4作目もやってもいいという気になった理由に一つになったんだろうし。

f:id:Miyelo:20200413175626j:plain
 もしかしたらジャスティンが「Tokyo Drift」にドミニクとハンがリンクするシーンが欲しいと思わなければ、本当にドミニク・トレットの物語は1作目で終わっていた可能性が大きかったのかもしれない。

 2005年脚本を仕上げて「Tokyo Drift」の撮影をスタートさせるまでの間にジャスティンはヴィン兄のところに話にいっているのは間違いのないことだ。

 この時もスコットさんが一緒についていっている。

 ジャスティンがハンとドミニクの物語をしたところでヴィン兄は気持ちが動いただろうから、このあたりからヴィン兄を含んで4作目計画が発動したのだろうとは思う。

 4作目の算段があったからこそヴィン兄、カメオ出演したのだろうし。

 しかし、もしもここでジャスティンとヴィン兄の相性が合わなかったとしてもジャスティンを監督としてリブート版的に「ワイルド・スピード」が作られたなんて可能生はないだろうか。例えばドゥエイン・ジョンソンを主演におくとかして。もっともジャスティンはお金では動かないのでどの道説得できなかっただろうとは思うけれど。

f:id:Miyelo:20200413175536j:plain

・ポー兄の胸の内

 ヴィン兄とジャスティンが話したのが2005年の夏も終わりの頃。

 ヴィン兄がカメオ出演の撮影をしたのが2006年の4月。ここでポー兄にも招集がかかっていた。本当はここでジャスティンとポー兄を合わせたかったのかもしれない。 

 ジャスティンが4作目の監督を引き受ける決心をしたのがおそらく2006年8月頃。

 4作目のプロダクションがスタートするのが2007年の10月。

f:id:Miyelo:20200413175818j:plain
 と、ここまで書いてきて久しぶりにポー兄の2013年11月のインタビューを読み返してみた。

 そのなかで3作目と4作目について話しているのを見つけたのだが、これまで考えてきたことはやっぱり私の思い込みでしかなかったかとこれまでの記事を全消ししたくなるような発言をしている。

ポー兄: どうかしているとしか思えないのは、ヴィンも僕も3作目に戻る気はなかったってこと。彼らも3作目はDVDのみでリリースするつもりだったし、それで終わるつもりだったんだ。それなのにヴィンが”ちょっと待った。おれが3作目カメオをするから”って言い出して。それはテスト・スクリーニングの結果が良くなかったせいみたいなんだけど、ヴィンが4作目を作りたがって、スタジオはその通りにして、で、僕らが復活した。だけど本当はとっくに終わっているはずだったんだ。 

 ちょっと待ってよ兄さん。

 2003年の時はあんなにヴィン兄のことを引き込みたがっていたじゃない!

 さらにこのインタビューで兄さんはこんなことも言ってる。

ポー兄: 僕が友達だと思っていた人たちは、本当の友達じゃなかった。当時の僕はすぐに感化されやすい無知な子供だったんだ。自分のことをかっこいいと思っていたし、世界のあちこちまわって何が起こっているのかわかっているって思ってた。相手が自分友達のように振舞っているからといって本当に友達ってわけじゃないってことをわかってなかったんだ。そのことで早々に叩かれて疲れ果てたんだ。そのことでちょっと皮肉っぽくなったかな。自分は単に若手で見た目がいいだけの駒にすぎなかったってことがわかったんだ。最悪だけど、でも本当のことだから。キツイ教訓だったけど。その辺は今も変わらないし、まだ腹が立ったりもするんだけど、でも単にそういう世界だってことだから。そのことで落ち込んでいたけれど、でもどうにか浮上した。今はちゃんとした友達が一握り以上いるし。自分がまだここにいるのは奇跡だと思うけどね。この業界にいるための努力は一切しなかったし、むしろキャリアを台無しにできそうなことは全部やったのに。海洋生物学や植物学を勉強してプロのガイドか、パークレンジャーになろうと思っていたのに、この馬鹿げたフランチャイズがそうさせてくれなかった。ずっとつきまとってくるんだ。もちろん、そのおかげでいいチャンスをもらえているわけなんだけど。"Eight Below"は本当に楽しんだし、"Runninng Scared"も"Hours"も心から楽しんだ。それに世界中のあちこちにいけたし、このシリーズで共演していなかったら、かげがえのない友達である彼らに出会えてなかったってことだし...。

  うーん.... ということは、ポー兄がわだかまっていたのって、違うのかなと思いかけていたけれど、やっぱり「ワイルド・スピード」がらみか。

 演技のことで叩かれまくっているにも関わらず仕事のオファーはどんどんくる矛盾がポー兄は嫌でたまらなかったんだろうなという気は。演技に関する苦手意識に加えて、ポスター撮りのためにポーズ取るのも苦手とか言い出してたくらいだから、もうその辺りのコンプレックスは相当だったんじゃないかと思うんだけど...。

f:id:Miyelo:20200413175745j:plain

 2003年以降、兄さんはたまに映画には出ているものの、ハリウッドの外でもいろんな活動をはじめている。  

 2005年あたりから積極的に海の環境保護に関する活動に関与。その翌年カジキ保護団体のThe Billfish Foundationの正式メンバーに。

 サーキットでロジャー・ロダス氏と出会ったのもこの頃だ。なんでもポー兄が以前持っていたポルシェ GT3を彼が運転していたことから交流がはじまったらしい。

 さらに、ポー兄は小説家でありソーシャル・ワーカーのケン・ウィリアム氏と協力して4人のホームレスの方に1年間密着させてもらうというドキュメンタリーを製作していたりもする。

 劇場公開は無理と最初からわかっていたけれど、ホームレスの方々がおかれている現状を少しでも大勢の人たちに理解してもらいたいということでブランドンさんとケンさんと一緒に赴いていたとか。そのドキュメンタリーは今も学校の教材として使われているらしい。

 他にもハンティントンビーチのサーファーの方と協力してサーフィンや海の魅力を伝ええるドキュメンタリーを撮ろうとしていたりとハリウッドの外でも精力的に活動していた。

 4作目やるぞーと電話がかかってきた時に兄さんが「は?」となった気持ちもわからなくはない。

 演技が自分はできないんだから、これが自分の本業になるってことはありえない。ちゃんとした何かを探さなきゃって感じだったんだろうし。俳優は本当にやめる気だったんじゃないかなって思えてきた。

 にもかかわらず、兄さんを業界に押しとどめようとする力というのがなんとなくあって。やると面白くなっちゃったりしているうちに「ワイスピ」に引き戻されて。

 4作目の時に脚本書いてるジャスティンにブライアンのこと殺してよーと頼んだのもあながち冗談ではなかったんだなぁなんて。

 そしたら「ワイスピ」がとんでもなく成功しちゃって。そのメリットというのも実感して、ますます抜けられなくなって。でもこのままこの業界にいるんだったらやっぱり演技のことはどうにかしたくって。

 ポー兄が「いる努力は一切していないのにまだここにいる」って言いたくなる気持ちもなんかわからなくもないというか。気のせいかもしれないけれど、ポー兄の足取りを辿っていくと、なんとなくポー兄をショウビズに留めようとする意図が働いているような感じがあって。別に強制的にというのではなく、ポー兄が居心地よく感じられるようサポートするような動きがある感じがするというか。まぁ、ポー兄の人柄がなせるわざなのかもしれないけれど。その優しい感じが「ポー兄にわるいことをした」という後ろめたさがあってなんかその埋め合わせを必死でしようとしているような気配も感じないでもなく。

 まぁ、こんなの単なる思い過ごしだわな。

 うん。

・ポー兄の試行錯誤

 ポー兄は「X2」のあと、いろいろ映画の企画がもちあがっていたというか「麻薬密売」や「沿岸警備隊」、戦争関係についてやなかなかハードなテーマの企画を勧めていた感じだったけれど、結局どれも実現してなくて。別に全てがポー兄のせいってわけではないだろうけれども、ひょっとしてそういう中で「ワイスピ」で自分がものすごくがんばったことというのがなんの意味ももっていないことがショックだったりもしたんじゃないだろうか。結局”見た目”だけなのかって。

 やりたいような仕事はこないけれど、オファーが途切れることはなくて。でもそのオファーが来る理由が自分の"見た目"だけの話なら別に自分でなくてもいいってことで。

 自分が何をやっても関係ないならこれは”仕事”とは呼べないってポー兄は感じたんじゃなかろうか。その状態が嫌でたまらないのに高額な報酬なオファーは舞い込んでくる(←ニール・モリッツは高額報酬なオファーをいつもくれるといってたので)。

 ああ、なんだかやっぱりポー兄、ニール・モリッツに怒っていたのかもなぁ。友達だと思っていた相手が友達じゃなかったっていうのは。

 まぁ、業界の構造自体に怒ってるわけだからニール・モリッツだけのことではないだろうし、ニール・モリッツ個人に対して怒っているわけではないけれど、でもニール・モリッツが象徴しているような業界の何か。

 マネージャーのマット・ルーバー氏もポー兄と友達だったけれどもマットさんも自分が”仕事”をもってくるマネージャーであることで、ポー兄がやっぱり一線をひいているところがあったって言ってたし。

 ポー兄も個人を責めてもしょうがないってきっとわかっていたんだろうなとは思う。でなきゃプレゼンターなんかつとめなかっただろうし。でもだからといってその構造を黙って受け入れられるかどうかというのはまた別の話で。

 「X2」のあとポー兄がニール・モリッツとずっと組むことがなかったのも、「ワイスピ」に戻ったのがヴィン兄がプロデューサーだからというのも、そういう気持ちがずっとあったのかも。自分が「ワイスピ」に戻るのはあくまでもヴィン兄のため。ヴィン兄をその気にさせることに自分も加担してしまったわけだし。

  ポー兄が映画をつくることや現場で一緒に働く人たちのことを全部嫌いになれればすごく楽だったんだろうけれど、情熱をもった人たちのことは大好きなポー兄だし、みんなで何かをつくりあげることも大好きだし(←自分はチームプレイヤーってインタビューで何度もいってる)、この場にいるこがどれほどラッキーで恵まれているのかということも知っているから。あと自分が中二病をこじらせてるっていうのもポー兄は自覚してたっぽいし。

 ヴィン兄のために4作目をやることにして、とりあえず40歳になるまでやってみるっていう感じになったんじゃないかな。40歳というのはウェイン監督が「40歳すぎた頃から演技がどんどん楽しくなる」っていう言葉も頭にあったんだと思う。

f:id:Miyelo:20200413180326j:plain

 演技に関してポー兄は自分がリアルと感じることができたことに対してはリアクションできるということがわかってきて、でもそこに他の俳優さんが加わってくると自分が構築したリアルが崩れてしまうからリアクションするのが難しくなってくるというのもわかってきて、それでなるべく一人のシーンが多い映画に挑戦してみたのかも。

 ポー兄のこの傾向とポテンシャルに気がついてくれたのが「Vehicle 19」で一緒に仕事をしたプロデューサーのピーター・サフランで、ポー兄に「Hours」にでることを勧めたのもこの人。「Hours」では演技指導のコーチを現場につれてきて、監督のエリック・ハイセラーと相談してポー兄が感情移入しやすいよう順取りに撮影することにして、しかもセットにもポー兄の娘さんの写真を貼るようにしたり、ポー兄の手首の娘さんの名前を書いた刺青もメイクで消さないままで、ポー兄がリアクションしやすい環境を整えて撮影したって。ポー兄はこの撮影を通して、ついに演技がそのまま自分にとってのリアルな体験という感覚をつかむことに成功している。このピーター・サフランにポー兄がもっと早くに出会えていたら!!!

 このピーター・サフランにポー兄のことをみてほしいとお願いしたのもニール・モリッツとマットさんの合わせ技だったのかなって。このあと、ポー兄はようやくニール・モリッツと映画をつくる2年契約を結んでいる。

  ニール・モリッツはポー兄がこの業界で息ができるようになるのに何が必要なのかなかなか突き止められなかったけれど、でもポー兄のことをすごく気にしていたんじゃないかと思う。ポー兄が逃げ回っていたのもニール・モリッツからのオファー仕事だったろうし。

 想像でしかないけれど「Into the Blue」は正攻法ではオファーを受けてもらえないから自分の名前は出さないでニール・モリッツが手を回したんじゃないかなって。古いB級映画のリメイクで、あとになって全然違うキャストで焼き直しみたいなパート2ができてるってパターンが、なんだかもうニール・モリッツ臭(←?)がすごい気が。

 ここでも何度も書いたけれど「Into the Blue」って、ものすごくポール兄さんによせてつくってある感じな映画で。

 プロデューサーがポール兄さんのマネージャーのマットさんと幼馴染のブランドンさんになっていたのでそれだかなとは思ったのだけれど、それにしても兄さんに寄り添いまくった布陣で構成されているきがする。キャスティングも兄さんが信頼している人間で固められすぎている感じだし。信頼できる人間としか仕事したくないという兄さんの気持ちが反映した結果なのかもしれないけれど、どちらかといえば「信頼できる人間でかためてるから安心して」布陣にもみてとれなくもない。  

 監督も後のインタビューで最初「 Into the blue」はポール・ウォーカーの映画になる予定ではなかったといってるし。そうしてポー兄が自分のオファーから逃げ回るのかと気になったニール・モリッツとなんとかポー兄に仕事してもらわないと困っちゃうマットさんの合わせワザだったんじゃなかろうかとか。

 ここからニール・モリッツはポー兄にフィルムメーカーとしてのノウハウを教えてあげようとしていたのか、それともかつてのように一緒に攻めた映画作りをしようと考えていたのかもうそれはわからないけれど、2018年にもポー兄のこと懐かしがっているところから、やっぱりポー兄はニール・モリッツにとってただの見栄えのいい俳優という以上の存在だったんだと思う。

  4作目をつくっていくうちに、ポー兄のなかでもニール・モリッツやなにやらに抱いていたわだかまりみたいなものは薄れていったのか、本来求められている(と、ポー兄が思っている)"見た目”需要にも応えるようになっている。ことはじめがT.I.がプロデューサーの「Takers」かなと思うのだけど、そのあとラッパーの50 Centがつくる映画にも出演承諾している。DavidoffのCMもこの頃。これはまぁポー兄がホワイト・シャークのタグ付けの活動を手伝ったということを知ってのオファーだったけれども。この頃になってもポー兄はまだ海洋生物学の学位をとる夢をあきらめきれてなかったみたいだったけれど、ホワイト・シャークの生態を研究しているマイケル・ドメイアー博士にハリウッド俳優の立場を活かしたほうが大勢の人たちに声を届けることができるって言われたり 、博士と一緒に色々な小学校を回ってサメについての授業をしていた時に、自分が「ワイルド・スピード」のブライアンだからと憧れの眼差しで話に耳を傾ける子供達をみているうちに俳優であることでできることのポテンシャルを実感したみたいなことも話していたし。

 ポー兄は「ワイルド・スピード Sky Mission」で「ワイスピ」は卒業するつもりだったんだろうと思う 。ブライアンが普通の生活を望んだのはポー兄のその意図を反映していたのだろうし。今後出るとしてもドムの危険にちょっと手助けとか、電話で出てくるとか、少ない撮影日でカバーできる範囲のつもりだったんだろうなとか。本当はジャスティンが去った時に一緒に去りたかったけれど、ジェイムズ・ワン監督の人柄がすごく気に入って、協力したいって思ったって言ってたし。

・ん?「マルチ・エスニック」の話しはどこいった?

「マルチ・エスニック」をメインストリームにもってくることを目的に「ワイルド・スピード」は生まれた。この役割は今も変わっていないのだと思う。

 そしておそらくなのだけれど、純粋にその目的だけでで「ワイスピ」に出演したのがポー兄だったのではないかとおもう。ポー兄はそう説得され、それを信じて全力をつくした。他の人たちの頭の中にはその成功を利用して次のステップに進む算段もあったけれど、その成功をステップとして利用することなく、1作目と同じ目的で2作目に出た。

 はっきりとした証拠は見つけられなかったけれども、やはりそのことで被った被害というのもあったとおもうのだ。「ぼくは白人に嫌われる」とポー兄は冗談めかしてインタビューで話していたけれど。

 ホームレスのドキュメンタリーを作ろうとしただけでもかなりの嫌がらせの電話や手紙を受け取ったというなら、白人至上主義な一派から嫌がらせされた可能性だってありそうだ。ポー兄は変わらずサーフィンに行っていたというけれど、顔が知れ渡ったら余計にターゲットにされるリスクとかはなかったんだろうか。

 「スティーラーズ (Pawn Shop Chronicles)」をはじめてみた時はなぜポー兄がこれをやりたいと思ったのかさっぱりわからなかったけれど、今となれば白人至上主義について作品を通して糾弾したかったのかなとおもう。これを手始めとして、もっと演技ができるようになったり映画を理解したら問題を掘り下げた作品をつくりたかったのかなとか思ったりする。

 のんびりサーフィンしたかっただけなのに白人至上主義なギャングスタのせいでビーチで金髪碧眼白い肌でいるだけで後ろめたさを感じないといけない状況になったんだったら、そりゃもう腹しか立たなかっただろうなぁと。

 ポー兄が最初からマルチ・エスニックを重要視して「ワイルド・スピード」に出ていたというのは2001年のインタビューからもわかる。実際のストリート・レースについて話しているのだけれど、

何がカッコイイっていろんな人種が混ざり合っていることなんだ。そこではぼくなんて唯一の白人みたいな感じ。ラテン系とアジア系が多いかな。だからひどく悪目立ちするんだけど、でも全然かまわない。敵対しあうこともないし、すごく落ち着くんだ。

 

 とりとめないことばかり書き綴ったけれど、もやもやーんと頭の中にあったことはこれで大体出し切れたきがするので一先ず「ワイスピ」と「マルチ・エスニック」の考察シリーズはこれで終わりにしようと思う。

「F9」が来年公開されたら色々ぜーんぶ勘違いでしたーってなりそうだけれど、ジャスティンがこの物語にどんな結末をつけるのか楽しみ。

 

 今これを読んでくださっているあなた様は大変奇特な方です。

 誤字脱字だらけのめちゃくちゃな日本語の文字の羅列であるにも関わらず、ここまでおつきあいくださって、本当にありがとうございます。感謝します。

 

・検索中にひろった小ネタ

そうそうこの記事を書きながらいろいろ検索している時にひっかけたので覚書として。

・小ネタ1

 ロンドンで「Furiosu 6」を撮影している時、ポー兄はイドリス・エルバと再会していたらしい。イドリス・エルバが他のインタビューで話していた。「Takers」の二人はとてもいい感じだったので、映画のあと会って話す機会があったって知ってとても嬉しかった。

f:id:Miyelo:20200414160624j:plain

 もしかしたら、その頃からイドリス・エルバに「ワイスピ」シリーズへの出演オファーがいってたのかな?

f:id:Miyelo:20200414160729j:plain

・小ネタ2

ジャスティンは「ワイスピ」の監督をすることに決まってスタジオに通うようになってもしょっちゅう警備員に止められていたそうな。「監督っぽい格好してなかったしね...」とジャスティン。

f:id:Miyelo:20200113173644j:plain

そういえば、2019年にケヴィン・ハートが事故で大怪我した時、ドゥエイン・ジョンソンがポー兄のことを思い出したって話していたけれど、どちらも古い車(クラッシック・カー?)で、途中でコントロールが効かなくなって事故をおこしている。

古い車って怖いなぁ。

車好きのみなさん気をつけて。