So Be It

ネタバレを含んでいますのでご注意ください

パターソン (Paterson)

ことばとせかいは時にとんでもなく美しい。

パターソン(字幕版)

パターソン(字幕版)

  • 発売日: 2018/03/07
  • メディア: Prime Video
 

 

 

正直なところ、これまで”詩”というものの良さがさっぱりわからずにいた。

”詩”をきいてなんとなくいいなぁと思ったことはあるけれども、基本的に "詩”というのは私にとってずーっとなんとなくよくわからないものだった。

しかし、パターソンを見て、はじめて"詩”っていいなと思った。

"詩”ってこういうことなのかと仄っとわかれた気がした。

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 ここ映画ではバスの運転手パターソンの1週間が描かれる。

 パターソンは詩を好み、常にノートを持ち歩いており、思いつけばそのフレーズをノートに書き綴っている。

 そのノートはまだ誰にも見せたことがなく、パターソンと同棲しているローラは自分も読みたいからそのノートのコピーをとってほしいとしきりに頼んでいる。

 これまでも頼まれながらもコピーしなかったパターソンだったが、今回は週末に必ずコピーをとると約束する。

  パターソンの1日はほぼ同じリズムで繰り返される。

 朝起きて愛犬マーヴィンの散歩。

 そして出勤しバスの運転業務を行い、業務を終えて家にかえるとマーヴィンの散歩にでかけ行きつけのバーでビールを一杯飲む。

 ローラは創作が好きなようで絵を描いたり、ギターを習ったり、斬新な料理をつくったり。毎日なにかしらの創作をしている。

  淡々と続く日常生活の中で、パターソンは1日1編くらいのペースで詩をノートに綴る。

 その詩はパターソンが日常からインスパイアされもので構成されており、日々の生活のなかで見たこと思ったこと感じたことそんなことが書かれていく。

 その詩は画面に文字として現れる。

 こんな感じで。

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 どのタイミングで"詩”とはこういうことかと腑に落ちたのかちょっと思い出せない。 たぶん、パターソンが車庫の近くで母親と妹を待っている少女と話、その少女がパターソンに自分の書いている詩を読み聞かせた時だったような気がする。

Water falls from the bright air.

It falls like hair.

Falling across a young girl’s shoulders.

Water falls. Making pools in the asphalt.

Dirty mirrors with clouds and buildings inside.

It falls on the roof of my house,

It falls on my mother,

and on my hair.

Most people call it rain.

  冒頭の3行で、鮮明な映像が浮かびとっさに”美しい”と感じてしまった。

 少女が読んだ詩とパターソンが普段ノートに綴っている詩の差異も優劣も私にはよくわからない。

 有体に言えば”同じような”と感じてしまったのだが、”美しい”と感じた瞬間、パターソンが少女の才能をまぶしく感じたのを感じた気もした。

 これは私にはかなり不思議かつ鮮烈な感覚というか体験だった。

  画面に映し出されるパターソンが綴る”詩”と淡々とうつし出されてきた映像が相乗効果をおこした何かが飛び込んできたような感覚とでもいうのだろうか。

  そこではじめてここで映像も"詩”なのだと感じた。

 "詩”をよんだ時に人がうける感覚を映像でも再現しようと試みている。

 映像で詩を綴ろうとしている。

 こういう"場面"や"気持ち"、"感覚"の"瞬間"を切り取るのが"詩"の試みであり、面白さなのかなとなんとなくなのだけれど、そう楽しむものなのかと少しわかったような気がした。

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 ことばは無限の広がりを可能にする。

 映像がどうだろう。

 パターソンのさしてかわらぬ毎日を同じパターンで映しているだけではあるけれども、画面にうつるパターソンの生きる世界はどこか叙情的というかとても美しくみえる。

 バスのなかで交わされる他愛のない会話、たまたますれ違った何か、偶然繰り返されることば、ものごと。

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 パターソンの住む町はこじんまりとしていて、日々なにかが起こるというわけでもない毎日が繰り返されていく。

 しかし、日々なにが起こるわけでもない毎日が繰り返されていくことの美しさというものがある。少しでも乱されると不安にかられるような。

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 普通なら味気ない、むしろ閉塞感を感じてしまいそうなパターソンの日常だけれども彼をそういう味気ない世界に生きる住人にしていない要素というのは、詩でありローラが家のなかでやりちらかしている場合によっては”無駄”と断じられてしまいそうな何かだったり、それこそちょっとした”気づき”のおかげでもある。

 パターソンはこの名前と同じ町で育ちそしてこの先この町でバスの運転手をしながら老いていくのかもしれない。

 だからといって世界中を飛び回っている人と比べてパターソンが退屈な人間であり退屈な人生を送っているのかというと、まったくそんなことはない。

 彼の心は簡単に宇宙並みのダイナミックとつながれる。 

I go through

trillions of molecules

that move aside

to make way for me

while on both sides

trillions more

stay where they are.

  パターソンは少女の詩をかいた翌日にこの詩を綴る。

 これはどちらかというとふと我に返って自分が深遠な何かの中をとびまわっているのではなく、無味乾燥とした日常の中にいるにすぎないと気がついてしまったというような感覚がある。

 ふと何かを目指しているときに誰しもが感じるような。

 焦燥だと思うのだけれど、パターソンのことばによってそれすらも何か途方もなく大きな何かとつながっているような感覚を覚える。

 閉塞感というよりは無限にひろがるなにかの只中にあるような、それによる孤独感と眩暈がするような寄る辺なさというかあてどもなさを感じて。 

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 とかいいながら、これは木曜日に読まれた詩だったと思うのだけれど、これってすごく木曜日っぽいなぁとも。

 土日休みとちゃうねん勤務パターンの人でも、次の休みまであと半分というところはすぎたけれど、もうすぐ休みというにはやや遠いとき。

 でも半分を越すまでよりは休みには近づいている。

 水曜日よりも木曜日の方がやや気持ちも体力も疲れるのか落ち込みがちになるようなイメージがあるのだが。

 パターソンの木曜日の状態はなんだかすごく木曜日っぽくて。

 やっぱり映画でも詩を綴ろうとしているんだなと感じて、”詩”というものが得体のしれないものから何か自分にもわかるものなのかもしれないというとっかかりが得られた気がしてちょっと嬉しくなった。

  そして強烈だったのが、パターソンが運転するバスが電気系のトラブルで故障して途中で止まってしまうハプニングが起こり、ちょっと散々な目にあったパターソンが家に入った途端ローラが習いたてのギターを弾きながら歌ったこれだ。

 I've been working on the railroad

All the live long day

I've been working on the railroad

Just to pass the time away

 私、いまのいままで「線路は続くよどこまでも」の歌詞を日本語でしか知らなかったんですが、もうここまでの流れできくこの詩の響き方のハンパなさときたら!

 的確すぎて思わず大笑いしてしまった。

 この歌の歌詞ってとんでもなく名詩(そんなことばあるのかな?)だなと。

 なんて普遍的。 なんて的確に人生を言い表しているんだと。

 ああ、もうパターソン、くじけないで!

 このあたりではもう完全にパターソンに感情移入しまくっていたので、気の毒感と「くじけるなパターソン!」と応援したい感がないまぜになっていたんだけれど、加えて、ローラという存在の偉大さも。

 この人がパターソンの生活の中にいるのといないのではえらい違いだよ。

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 パターソンの日常をどこか奇妙で面白おかしく彩ってくれる彼女の存在はとても偉大だ。

 彼女はパターソンの恋人ではあるけれども”創作”とか”情熱”みたいなもののメタファー的存在なのかもしれない。

 お金にならない限り非生産的行為で無駄とないがしろにされがちなそれらが日々を豊かに彩ってくれているか、そういうメタファーな感じもした。

 続く週末もパターソンにとってはなかなかの受難が続くのだけれど。

 でもまた月曜日がやってくる。

 この詩でパターソンの物語も映画は締めくくられる。

There's an old song

my grandfather used to sing

that has the questions,

"Or would you rather be a fish?"

In the same song

is the same question

but with a mule and a pig,

but the one I hear sometimes

in my head is the fish one.

Just that one line.

Would you rather be a fish?

As if the rest of the song

didn’t have to be there.

 この広がりがたまらない。 

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When you’re a child

you learn

there are three dimensions:

height, width and depth.

Like a shoebox.

Then later you hear

there’s a fourth dimension:

time.

Hmm.

  

-The world worked fine before even existed.

 

-My poetry only in Japanese. No translation. Poetry in translation is like...taking a shower with raincoat on.

-I see what you mean.

 

-Sometimes empty page presents more possiblities.

 私の好み度: ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️/5

🍅: 96%

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